Worlds End
海賊トマス・テューとワールズ・エンドのロゴ
2017/08/11 - ベン・ウェストウッド
70年代後半から80年代初めにかけての一時期、兄のジョーと私は2冊の本を夢中で読んでいました。シド・ヴィシャスの死とともにパンクも終焉を迎え、ヴィヴィアンとともに進むべき道を模索するなかでマルコムが出会った本です。
どちらもタイムライフ社のシリーズからのもので、ダグラス・ボッティング著『The Pirates』と、ベンジャミン・キャップス著『The Great Chiefs』の2冊です。
『The Pirates』は17世紀から19世紀に世界中で悪名を轟かせた海賊について詳しく紹介したもので、『The Great Chiefs』は、北米のさまざまなインディアンの酋長たちの物語を通じて彼らの文化を紹介し、私たち米国人との接触後に彼らがどのように自らの生き方を守ろうとしたかを描いていました。
『The Pirates』には、1695年に亡くなった有名な海賊、トマス・テューの物語が収められています。
私掠船の船長(つまり政府公認の強盗)となったテューの最初の任務は、バミューダ植民地の副総督からの命による、西アフリカ海岸沿いにあるフランス商館の襲撃でした。しかしテューは現地に向かう途中で考えを変え、海賊になろうと決意します。つまり個人的な動機による略奪を行うことに決めたのです。私掠船は合法でしたが、海賊は違法行為です。この提案を乗組員に持ちかけて賛同を得ると、船は紅海へと針路を変え、喜望峰を回り、マダガスカル沿岸を通過しました。
この航海の際、アミティ号に乗船したテューと45人の部下たちは、インドのダウ船を襲撃。乗船していた300人の守備隊を拿捕し、100,000ポンド以上に相当する金銀財宝を強奪しました。
米国ロードアイランド州のニューポートに戻った後、テューは現地の王室総督との親交を深め、アミティ号の所有者に船の代金を支払いました。
1694年のテューの2度目の航海は失敗に終わりました。1695年9月、25隻のムガル帝国の艦隊を追跡していたテューの船はそのうち一隻に追い付き、攻撃を仕掛けました。この戦いでテューは大砲の砲弾を腹部に受け、命を落としました。
ここでトマス・テューの話を挙げたのは、海賊たちがそれぞれの船に掲げる旗を考案したという逸話があるからです。テューの海賊旗は、黒地に短いシミター剣を握った白い腕が描かれた図柄で、マルコムはこの紋章を、Worlds Endレーベルのロゴに選んだのでした。