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Westwood パール

キングズロード430番地
1971〜1980

ヒッピームーブメントは1960年代後半のロンドンで最も人気のあるファッションでしたが、若いヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラーレンの興味を引くことはありませんでした。彼らは、反抗的行動や、1950年代の典型的な服装や音楽、アイテムにはるかに強い関心をもっていました。

ヴィヴィアンは、マルコムのためにテディボーイの服をデザイン、製作したことを皮切りに、1971年にロンドン、チェルシー地区のキングスロード430番地に「Let it Rock」という小さなブティックをオープンしました。

1年後、ヴィヴィアンの興味はバイカーウェア、ジッパー、レザーへと移りました。店はどくろとクロスした骨のマークでリブランディングされ、ショップ名は「Too Fast to Live, Too Young to Die」へと変更されました。

ヴィヴィアンとマルコムは、挑発的なスローガンをプリントしたTシャツをデザインし始めましたが、これにより、1959年猥褻物出版法違反で訴追されることに。彼らはこれに対し、ショップを再びリブランディングし、ハードコアなイメージのTシャツをさらに多く作りました。

1974年にショップ名は「Sex」に変更され、“当時のイギリスで他に類を見ない”と言われた同ショップは、「オフィス用ラバーウェア」というスローガンを掲げました。

それから2年後、マルコムがマネージメントした人気バンド、セックス・ピストルズの楽曲『God Save the Queen』がヒットチャート1位に輝きましたが、BBCはその放送を拒否しました。その後ショップは「Seditionaries」として再出発。隠されてきた性的フェティシズムやボンデージに由来するストラップやジッパーをファッションへと昇華させ、D.I.Y.の精神に刺激を与えました。マスメディアはこれを「パンクロック」と呼ぶようになります。

しかし、セックス・ピストルズが解散したこと、そしてパンクがメインストリームに躍り出たことにヴィヴィアンは幻滅するようになります。1980年にショップはリニューアルされ、その名は現在でも使われている「Worlds End」に変えられました。

以前店の地下にはレストランがありましたが、「Worlds End」が最終的にそれを吸収し、倉庫とスタッフのための施設が拡張されました。公式的には、開店以来、ショップの外観は変わっていません。オリジナルの内装は2017年に修繕されたものの、ヴィヴィアンとマルコムが40年前にデザインしたディテールはそのまま残されています。

ヴィヴィアンは自身のクリエーションを通して考えを伝え、しばしばグラフィックを用いて、政治や社会の不正義の問題に立ち向かいました。ウエストウッドとマクラーレンは、1977年にスワスティカ(卐)のシンボルを配したAnarchyシャツをデザイン。シンボルの上には、逆さまの十字架上のキリストと、イギリスのエリザベス二世の切手の画像が重ねられており、その上には「DESTROY」(破壊)の文字が描かれていました。このグラフィックは、腐敗と独裁政治を非難する挑発的行動として作成されたものでした。より広い意味では、それは古い世代への挑戦でもあったのです。グラフィックは、「あなたたちの古い価値観やタブーを私たちは受け入れない、あなたたちはすべてファシストだ」と訴えています。

初期
1981〜1987

1984年、西ロンドンのショップ「Nostalgia of Mud」(現在の「Worlds End」)は閉店となり、ヴィヴィアンはイタリアに拠点を移しました。

ヴィヴィアンは、東京で開催された森英恵主催のグローバル・ファッション・アワード「Best of Five」で、カルバン・クライン、クロード・モンタナ、ジャンフランコ・フェレらと共に招待を受け、1984年春夏コレクション「Hypnos」を発表しました。

1988年、ロンドンのデイビスストリートにVivienne Westwoodの新たなブティックをオープン。

1986年、伝統を未来へと引き継ぐことを象徴する、「オーブ」ロゴが初登場。

1986年、カルロ・ダマリオがVivienne Westwood Ltdのマネージングディレクターに就任。

1981年の「Pirate」コレクションは、ヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラーレンが初めて公式にコラボレーションしたランウェイショーです。海賊のガレオン船や海賊船をモチーフとしたこのコレクションは、ブティック「The Worlds End」のテイストを伝えるものでした。ゴールド、オレンジ、イエローを使ったロマンチックなルックをそろえたこのコレクションは、ロンドンのファッションシーンに衝撃を与え、ブランドの存在感を確固たるものとしました。

「私たちはブランドにおいて重要なイノベーションを見つめ直すために立ち止まることもありましたが、それ以外は常にコレクションを通じてアイデアを引き継ぎ、発展と躍進を続けているのです。」1981/82年秋冬シーズン「Pirate」は、彼らの初めてのランウェイショーでした。略奪の歴史と第三世界を題材としたこのコレクションでは、歴史的な衣装を研究し、オリジナルのカットをファッションとしてよみがえらせました。ネイティブアメリカンのパターンから着想を得たPirateトラウザーズは、当時流行のヒッピー風のパンツや“タイト・アス”と呼ばれたタイトなパンツとは対照的な、ゆったりとしたヒップが特徴です。またトップスは、着用したときのネックの位置はアシンメトリーになるようデザインされていました。

自身のキャリアにおけるこの転換期に、ヴィヴィアンは長方形の生地をベースにした伝統的なテクニックに着目し、再構築しました。彼女はこのアイデアがうまくいくことを確信していました。大まかな試作品を小さいサイズで作り、小さなマネキンに着せてみました。そしてさまざまな調整とフィッティングを行った後、最適な生地を使ってフルスケールのウェアを完成させたのです。ウェアは常に身体と一体となって躍動します。ヴィヴィアンはこれを歴史的なカッティングを駆使して表現し続けているのです。

Westwood パール

コレクション:

1982年春夏シーズン「Savage」– 日本風の平面的なカッティング。– インスピレーション:マティスとピカソ。–「私は、ピカソが絵画『アヴィニョンの娘たち』で行ったように、他の文化からインスピレーションを得たのです」(ヴィヴィアン)– ウェアと身体の関係性を考察。– 切り裂いたような袖やコントラストカラーのライニング。– デヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』から着想を得た外国人部隊のハット。

1982/83年秋冬シーズン「Buffalo Girls (Nostalgia of Mud)」– カラー:マッド。– 非加工のシープスキン。– ブラジャー – 下着をアウターウェアとして使用。– インスピレーション:ボーラーハットとロングスカートを身につけ、背中に赤ん坊を背負って踊るペルー女性。

1983年春夏シーズン「Punkature」– インスピレーション:映画『ブレードランナー』、砂漠の風景。– ダメージ加工の生地とリサイクルされた廃品。– パンクとクチュール。– 手染め、手縫い。– 貧民街で集めた廃タイヤとひもで作った靴。– ブリキ缶のジャイアントボタン。– ジャージーのチューブスカート。

1983/84年秋冬シーズン「Witches」– ニューヨークを訪れ、キース・ヘリングと会う。魔法の記号や象形文字のように見えた彼の作品に着想を得て「Witches」コレクションを制作。– ヒップホップ、ウェアのスタイリング。– ストップフレームルック。– 3枚のシュータンでカスタマイズされたホワイトスニーカー。– チコ・マルクスが被る先端が尖ったハット。

1984年春夏シーズン「Hypnos」– イメージ:ギリシャ神話の眠りの神 – 睡眠とは無関係のコレクション。– スポーツウェアをハイファッションとして捉えた非常にアクティブなコレクション。– マルコム・マクラーレンとの決別。– イタリア製。– インスピレーション:セクシャルマイノリティのサブカルチャー。– ヘルペスの傷風のメイクアップ。

1984/85年秋冬シーズン「Clint Eastwood」– ヴィヴィアンはこう語っています。「時には何もない景色に自分のアイデアを投影し、ファンタスティックな人々を思い描くことが必要です。」– ビッグマックに使われる蛍光色のパッケージやボディストッキング、企業のロゴで覆われた服。– 東京のネオンサインから着想を得た蛍光色のパッチ。

1985年春夏シーズン「Mini-Crini」– 大きな方向性の変化。体にフィットした服。英国式のテーラリング。少女時代のエリザベス女王から着想を得たプリンセスラインのコート。– 1980年代のマニッシュな大きなショルダーデザインの排除。– セクシーで曲線的なボディのモデル。– ヒップに注がれる視線。– インスピレーション:ペトルーシュカ。– Rocking Horse シューズ。

Westwood パール

Pegan時代
1988〜1992

ジョン・フェアチャイルドの1989年の著書『Chic Savages』の中で、ヴィヴィアンは、アルマーニ、ラガーフェルド、サンローラン、ラクロワ、ウンガロとともに、世界のトップ6デザイナーの1人として紹介されました。

1989年から1991年まで、ウィーン応用美術大学のファッション教授として任命されています。

1990年12月、ロンドンのメイフェア地区デイビスストリートに新たなブティックをオープン。

1990年と1991年の2年連続で、英国ファッション協会より「Fashion Designer of the Year」を受賞。

1992年、バッキンガム宮殿でエリザベス二世女王陛下より大英帝国勲章を授与されました。

1992年、コレクションでウェディングドレスを発表。

1992年、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)の名誉シニアフェローに就任。

1993年、ウィーンで教鞭をとっていた1988年に出会ったアンドレアス・クロンターラーと結婚。

この時期に、ヴィヴィアンの興味は、パンクやならず者ファッションを好む人々から、上流階級をパロディにした服を着る「タトラーガール」と呼ばれる人々へと移っていきました。ある偶然の出会いがインスピレーションとなり生まれたのが、1987年秋冬コレクション「Harris Tweed」です。これは彼女のコレクションの中でも特に重要で影響力あるものと言われています。「このコレクションのアイデアはすべて、ある日地下鉄で見かけた小さな女の子から得たものです。彼女は14歳にはなっていなかったでしょう。彼女は髪を編んで小さなお団子にしており、ハリスツイードのジャケットを着て、バレエシューズが入ったバッグを持っていました。彼女はとてもクールで落ち着いた様子で立っていました。」

コレクション:

1987/88年秋冬シーズン「Harris Tweed」– ロイヤルファミリーから着想を得た、かわいらしさのあるテーラードルック。– インスピレーション:英国の生地、特に大英帝国の制服に使用されてきたウール。– ブラックベルベット。– 18世紀風のコルセット仕様。– 上質なツインセット。– レッドのバラシアのミニクリニ。

1988年春夏シーズン「Britain Must Go Pagan」– 神話、ギリシャ・ローマ時代がテーマ。– 招待状のタイトルは「England Must Go Pagan(イングランドは多神教へ)」でした。– 18世紀と19世紀の啓蒙時代を探求。– 古代ギリシャ・ローマの文学を参照。– 典型的なかっちりとしたスタイルのアイテム、テーラード、細身のクロップド・トルソー。

1988/89年秋冬シーズン「Time Machine」– H.G.ウェルズの小説にちなんだコレクション名。– 様々な時代を行き来する。– Harris Tweedのテーラードスーツ。– ウォレス・コレクションを初めて参照。– 英国の文化と伝統を考察。– アガサ・クリスティが生み出したキャラクター、ミス・マープルへの献呈。– メンズのノーフォークジャケット。

1989年春夏シーズン「Civilizade」– 教育的ツールとしてのファッション。– 現代社会。– アーマードジャケット、ラグビージャージー、道化師。– インスピレーション:神話の獣たち。– 拡大したアニマルプリントが初登場。

1989/90年秋冬シーズン「Voyage to Cythera」– インスピレーション:ヴァトー、コンメディア・デッラルテ、バレエ・リュス。– スカートなしで履くタイツ。インスピレーション:ズボンを忘れた男。– 古典的なヌードと古代彫刻。– ホメロス風のテーマ。

1990年春夏コレクション「Pagan V」– 招待状は下着に合わせてスケッチされた男性器。– ヘレニズム期ギリシャの哲学を探求。– 斜めにかぶったセーラーハット。– ふんだんに使われたピンストライプ。– HMS ARGOのプリント。– パジャマスーツ。– インスピレーション:ルーブル美術館の花瓶。– ランプシェードの配線。

1990/91年秋冬シーズン「Portrait」– インスピレーション:油絵 – 質感の華麗さと物質的豊かさの提示 – リネンのアンダーウェアから(フェイク)ファーまで、あらゆる最上の素材への渇望。– ウォレス・コレクション所蔵のブールによるデザイン家具。– ブーシェ作の絵画「眠る女羊飼いを見守る羊飼い」を表現 – 写真プリント。– まるで絵画の世界から出てきたような、女性が台座に立つように見せる高いプラットフォームシューズ。

1991年春夏シーズン「Cut and Slash / Pitti Uomo」– 切れ目を入れた生地 – サテン、コットン、デニム。– インスピレーション:16世紀から17世紀にかけて200年にわたって続いた、(戦いから着想を得たと思しき)布に裂け目を入れるマニアックな装飾。– コッドピースのリバイバル。– ランウェイを駆け抜ける剣士。– イギリス刺繍プログラム。– ボリューム感のある手編みニット。

1991/92年秋冬シーズン「Dressing Up」– あからさまなマキシマリズム。– 比喩と象徴の再創造。ブール柄。– プリューデンスミリナリーとの初のコラボレーション。– フィットしたタイトサイズと極端なオーバーサイズの対比。長めのヘムライン。レザーのコッドピーススカート。

1992年春夏シーズン「Salon」– ジェンダーの境界。– 豪華絢爛な18世紀の世界を転写プリントでデニムに表現。– インスピレーション:「エリート主義と知識人」。– ベレーとスモック。– チュールのボールガウン。– カットアウトレザー。

1992/93年秋冬シーズン「Always on Camera」– インスピレーション:1930年代のハリウッド。– 映画スターのステレオタイプ。– ウェアによるストーリーテリング。– 世界大恐慌と不況。– アンドレアス・クロンターラーと同様ドイツにルーツを持つ、ミューズとしてのマレーネ・ディートリッヒ。– 自由の女神像コルセット。– パッド入りモヘアニットウェア。– 俳優としてのモデル。

Anglomania
1993〜1999

1992年から93年にかけて、Vivienne Westwoodはスウォッチとコラボレーションし、Puttiウォッチ、Orbウォッチを製作。

ロンドン中心部のコンジットストリート43番地に新しいブティックをオープン。

1993年、ヴィヴィアンは、ベルリン芸術大学のファッション教授に任命されました。

彼女はそのクリエイティビティを注ぎ込み、1993/94年秋冬コレクション「Anglomania」のためのオリジナルのタータンを制作し、自らのクラン「MacAndreas」を設立しました。タータンの承認には通常200年もの年月が必要ですが、タータンメーカー「Lochcarron of Scotland(ロキャロン・オブ・スコットランド)」がこれを正式に認定。これはヴィヴィアンにとって大きな功績となりました。

1996年には、ファッションとアートの関係を検証するチャンネル4のテレビ番組シリーズ「Painted Ladies」にヴィヴィアンが出演し、中世、ルネッサンス期の古典アートに描かれた衣装について考察を述べました。

1997年には、ロンドンのコンジットストリート44番地に、新しいブティックがオープン。

1998年、Vivienne Westwood初のフレグランス「Boudoir」を発売。これは「世界の鼻」として有名なDragoco(ドラゴコ)社の調香師、マルティン・グラと共同で開発したものでした。「私の香水は『Boudoir(ブドワール)』と呼ばれます。ブドワールとはドレッシングルームであり、同時に身に纏ったものを脱ぐ場所でもあります。それは女性の空間、女性が自分自身と親密な関係になる場所、自分の欠点と可能性に向き合う場所でもあるのです(ヴィヴィアン)」

1999年、Vivienne Westwood Red Labelが誕生。このプレタポルテラインは、サヴィルロウのテーラリング、フレンチクチュールに対するヴィヴィアンの探求を融合させたものです。

1999年、Vivienne Westwood初のニューヨークブティックがオープン。

1996年、ミラノでVivienne Westwood MAN Labelが誕生。

東京に、英国外では初となる、Vivienne Westwoodのライセンスブティックがオープン。

1998年、Vivienne Westwoodのアーカイブコレクションから着想を得たディフュージョンライン「Anglomania」誕生。若々しいコレクションは、ヴィヴィアンの象徴的なテーラリングとドレープシルエットにオマージュを捧げたもので、「SEX」「Pirate」「Mini-Crini」「Bondage」コレクションのスタイルを網羅しています。

ヴィヴィアンは、ファッションとはフランスとイギリスのアイデアの融合であり交換であると考えています。彼女は「イギリスにはテーラリングと気取らない魅力があり、フランスにはより良く洗練されたものを生み出すための常に満足しない姿勢、デザインとプロポーションの堅実さがあります」と語っています。

Westwood パール

コレクション:

1993年春夏シーズン「Grand Hotel」– グレタ・ガルボ主演の1932年の映画にちなむ。– フルスカートのボールガウンがVivienne Westwoodのモチーフに。– ホテルロビーでのランデブー。– パジャマの襟。– ヴィヴィアンが初めてモデルを務める。– 絶滅危惧種のアニマルプリント。– インスピレーション:サンローランとディオールのシェイプ。– ロング丈の「Circle」スカート。– ヴィヴィアンが大英帝国勲章(OBE)を受章した際に着用したグレーのスーツ。

1993/94年秋冬シーズン「Anglomania」– ゲインズボロが活躍し、フランス人がイギリスのテーラリングと田園地帯の魅力に夢中になった時代 – イブニングドレスの礎としてのコルセット。– 愛国心。– イギリス人の目を通して見たフランス美術。– ヨーロッパ文化への親近感。– Elevated Ghilli ヒールを着用したナオミ・キャンベルの転倒。– スタウト・ツイード。– 夫に捧げるタータンチェック「MacAndreas」。Vivienne Westwood Gold Labelの誕生。– ダブルブレストのスーツ。– ウールのケープ 。

1994年春夏シーズン「Café Society」– サロンの延長としてのカフェ。– サロンの延長線上にあるカフェ。– 19世紀のフランスオートクチュールの創始者、シャルル・フレデリック・ウォルトへのオマージュ。– 砂時計シルエットと、クッション付きのバッスルが始まる。– この頃までには、アンドレアス・クロンターラーとのコラボレーションにより、ガウンとトレーンのボリュームは過去最大に。– クリノリンガウン。– ニットのタッセル。– マイクロミニスカートを履いたトップレスのケイト・モス。– フェイクファーの重ね着。

1994/95年秋冬シーズン「On Liberty」– 個人の自由を強調。インスピレーション:イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミル。–「クチュールは大量生産と並行して存在しなければならないのです」(ヴィヴィアン)。– 現代的なプロポーションのリセット。– バム・パッド。– プロポーションの歪み。– ロンドンのリバティ百貨店のプリント。– 豊満な女性的なフォルムを賛美。

1995年春夏シーズン「Erotic Zones」– 極端なシルエット。– 英雄的な女性像。– 女性の性のパワーをオーディエンスに思い起こさせる。– アンドレアス・クロンターラーの父が考案した「Cul cage」ワイヤーバッスル。

1995/96年秋冬シーズン「Vive la Cocotte」– パッド入りのバストと、軽量の金属製ケージで構成したバッスルが生み出す、全く新しい究極の砂時計型シルエットへの到達。– 非常な高さを誇るプラットフォーム。– ヴィヴィアンは2つのコレクションを作る必要がありましたが、そのうちの1つは販売を意識してシルエットを控えめにしていました。–「Metropolitan」ジャケット。

1996年春夏シーズン「Les Femmes Ne Connaissent Pas Toute Leur Coquetterie」– リラクシングなシルエット。– 誇張を控えたデザイン。– マリー・アントワネットの肖像画。– レディライク。– 太いサテンリボンをあしらったドレッシングガウン。– インスピレーション:ヴァトーの絵画「ジェルサンの看板」。

1996/97年秋冬シーズン「Storm in a Teacup」– 極端なアシンメトリーの追求。– インスピレーション:装飾的なロココ調家具。– 予測不可能なイギリスの天候。– ピンストライプ、タータン、ツイード。– 調和ではなく、衝突。–「画一化とミニマリズムの恐怖に立ち向かいます」(ヴィヴィアン)。– ブラウンのチョークストライプの「Watteau」ジャケット。

1997年春夏シーズン「Vive la Bagatelle」–「細かいことにはこだわらないが、自分がすることの選択にはこだわることができる」女性に捧げます(ヴィヴィアン)。– バイアスカット。– 熟したフルーツのプリント。– シャツの上にカモフラージュされたデミカップブラ。– ボンデージストラップと目隠しの花嫁。–「Bagatelleとは何の意味もない、些細なことを指します」(ヴィヴィアン)。

1997/98年秋冬シーズン「Five Centuries Ago」– インスピレーション:チューダー様式とジャコビアン様式。– 非常に構築的なデザイン。– スカートのスリットと露出したサスペンダー。– スタンドカラー。– インスピレーション:ホルベインの肖像画。– エリザベス様式に傾倒。

1998年春夏シーズン「Tied to the Mast」– 船乗りのほら話。– テオドール・ジェリコーの絵画。– 再デザインされた「Pirate」ブーツ。– ウィメンズウォーキングスーツ。– クリスタルローププリント。– 塩じみ、日焼けによる色褪せ。– アイパッチ、地図で作ったハット、ブリガンドハット。– エリザベス一世に想いを馳せて。

1998/99年秋冬シーズン「Dressed to Scale」– 変異と混沌。– 肩までの長さのラペル。– オーバーサイズのボタン。– ボディラインをなぞるカッティング。– アンドレアスの幼少期の伝統的な衣装。– 風刺画を見る。– 18世紀の風刺作家、ジェームズ・ギルレイ。– 文化の本質は、できるだけ人の手で作り上げられるべきです」(ヴィヴィアン)。グレーのストレッチウールの「Amphora」ジャケット。

1999年春夏シーズン「La Belle Helene」– インスピレーション:ルーベン。– サテンとレースのタイポグラフィー。– 新学期。– ラインと対称。– 1953年のマティスのコラージュ「かたつむり」。– 鉛筆によるいたずら書き。

Westwood パール

歩み
2000〜2016

「Vivienne Westwood:ロミリー・マカルピンコレクション」展が、2000年4月から6月までロンドン博物館で開催されました。

2001年、公式Eコマースウェブサイト www.viviennewestwood.com を開設。

2002年には、香港に1店舗、韓国にも2店舗のVivienne Westwoodブティックをオープン。

2003年6月、ヴィヴィアンはUK Fashion Export Awardのデザイン部門を受賞。

2002/03年秋冬シーズンに、Cosa Coma Commeのショップを通じて、Vivienne Westwood X Commes des Garçonsとのコラボレーションを日本とミラノで発表。

2003年3月、青山に日本のVivienne Westwoodウィメンズウェア旗艦店がオープン。

2003年、英国のファインチャイナ、磁器、高級アクセサリーメーカー、Calportとコラボレーションし、Westwood Home Collectionを発表。

2003年、イタリア、ミラノに新しいVivienne Westwood旗艦店がオープン。

2004年、ヴィクトリア&アルバート博物館で、Vivienne Westwoodのファッションへの貢献を称える回顧展が開催されました。同博物館にとってこの種の展覧会初めての試みでした。

モエ エ シャンドン ファッション トリビュートは、ヴィクトリア&アルバート博物館で個展を開催した最初のファッションデザイナーとして、ヴィヴィアン・ウエストウッドを称えました。

2005年、Vivienne WestwoodはラグとクッションをデザインするThe Rug Companyとの長期的なコラボレーションをスタート。

2006年、ヴィヴィアンは二度目となるバッキンガム宮殿訪問を果たし、当時のプリンスオブウェールズ、チャールズ皇太子殿下からデイムの称号を授与されました。

2007年、ヴィヴィアンはブリティッシュファッションアワードにおいて、ファッションデザイン部門の優秀賞を受賞しました。

2008年10月、表参道に日本のVivienne Westwoodメンズウェアの旗艦店がオープン。

2010年、ヴィヴィアンはフィリップ殿下デザイナー賞を受賞。

2010年、Ethical Fashion InitiativeとArtisan Fashionを支援する国連とのパートナーシップとして、「Made in Kenya」コラボレーションを開始。

2010年、ヴィヴィアンの活動家チーム「Climate Revolution」とそのウェブサイトが立ち上げられました。

2011年、Vivienne Westwoodのロサンゼルス旗艦店がオープン。

2012年、ヴィヴィアンは慈善団体「Cool Earth」に100万ポンドを寄付。

2015年4月、最初のVivienne Westwoodカフェが上海にオープン。

2015年10月、2軒目のVivienne Westwoodカフェが香港のHarbour City Mallにオープン。

2017年、ヴィヴィアンは「Playing Cards」を発表。

コレクション:

2000年春夏シーズン「Summertime」– 20世紀最後のコレクション。– ローマ神話に登場する農業、ワイン、豊穣の神バッカスの象徴。– インスピレーション:バッカス祭。– フェラチオをピクセル化したプリント。– 落ち着いた色調とフローラル柄。–「Bestial」シューズ。– テーラードドレープ。–「Booze」ジャケット。– 草のシミとこぼれた赤ワイン。– ウールメランジ。

2000/01年秋冬シーズン「Winter」– インスピレーション:シェイクスピアの『恋の骨折り損』。– フリンジウールのフード付きマント。– 重厚なシルバーのだまし絵ジュエリー。– 柔らかなジャージー。– トレイシー・エミン。– 16世紀と17世紀。

2001年春夏シーズン「Exploration」– 文学への頌歌。–「私の人生において、読書はファッションよりも大きな情熱です」(ヴィヴィアン)。– アリストテレス、オルダス・ハクスリー、バートランド・ラッセル。– クラパム地区の自宅のアンドレアスとヴィヴィアンの本棚の写真「Bookbinder」プリント。– 蝶と昆虫の研究。– 本のページのように折りたたまれた長方形の布。– 柔らかな仕立て。– パイプを吸う知識階級への皮肉。

2001/02年秋冬シーズン「Wild Beauty」– コーラ・コレ(ヴィヴィアンの孫娘)が3歳にして初めてランウェイに登場。– ミニキルト。– タイガーストライプ。–「アニマル」カット。– 動物の皮のような曲線的な縫い目とジグソーピース。– シルクタフタを潰して折り目やしわを作る。– 刺繍。– 性的不品行。

2002年春夏シーズン「Nymphs」– フラゴナール、ブーシェ、ヴァトー。– 神話の中の牧歌的な田園詩。– 長い羽根飾り付きのまつげ。– 伝統的なストライプのラグビージャージー。– 角張った構造。– 意図的な凹凸。–「信じられないほど生き生きとして、張り詰めた表情をしています」(ヴィヴィアン)。– ジャイアントコサージュ。– 木の葉の間から現れるモデルたち。

2002/03年秋冬シーズン「Anglophilia」–「Anglomania」の第二弾。– ヴィヴィアンお気に入りのレッドドレス。– エリザベス二世女王陛下のシルバージュビリー。– 非完了と非加工。– インスピレーション:ホルバインとブーシェ。– 英国性へのフェティシズム。– ギザギザのアーガイルニット。– ポンパドゥール夫人のガウン。– 落ち着いたカラーパレット。– リボンとツイード。

2003年春夏シーズン「Street Theatre」– 日常のスペクタクルとパフォーマンスとしてのファッション。– パンクに由来するもの。– 都会のジャングル。– ストラップと拘束。– ユニオンジャック。– 意図的な破壊。– リラックスフィット。– 異なる角度でカットされた幾何学模様。– リバーシブルのファインウール。

2003/04年秋冬シーズン「Le Flou Taille」– 流動性。– オートクチュール、テーラリング、ゆったり感。–「ウェアはとても自然に見えますが、その内側で信じられないほどしっかりと構築されているのです」(Vogue誌に語られたヴィヴィアンの言葉)。– 昼間のパジャマ。– ニーハイコサックブーツ。– スリップ&スライド。– サテンのボクサーパンツ。

2007年春夏シーズン「I Am Expensiv」– ディズニーキャラクターをユニバーサルな表現として使用。–「愛らしいヒロインと、嫌悪感を抱く悪役」(ヴィヴィアン)。– ブロックカラー。– 21世紀の富の蓄積への執着を探求。– カットアウトレース。– インスピレーション:ノーサンバーランド州のボウズ博物館。

2007年秋冬シーズン「Wake Up Cave Girl!」– 女性の体型の極端な誇張。–「布で作る彫刻」(ヴィヴィアン)。– 石器時代。–『原始家族フリントストーン』にちなんで名付けられたドレス。– ファンデーションコルセット。–『セックス・アンド・ザ・シティ』でキャリーが着たタフタのウェディングドレス。– ボタンの留め方でカスタマイズ可能なデザイン。

2008年春夏シーズン「56」– 2007年7月、英国政府は、裁判なしで人々を56日間投獄する対テロ法案を提案しました。これは、従来定められていた期間28日の2倍に当たります。– インスピレーション:17世紀の貴婦人と娼婦。–「もし、マリリン・モンローが田舎の領地を持つ英国の領主と結婚して倒錯的な関係を築いていたとしたら、どうなるでしょう!」(ヴィヴィアン)– 原型となる女性。– 異教の儀式。– 抽象的なグラフィック。

2008年秋冬シーズン「Chaos Point」– 小学校とのコラボレーション。– ジャングルの自由の戦士たち。– 混沌と積極的抵抗のシンボル。– 環境危機は転換点を迎えている。– 子供のような無邪気さ。– 切り抜きの紙人形。– 演劇的で魔法的。

2009年春夏シーズン「Do It Yourself」–「困難な時期こそ、ドレスアップしましょう。自分でやるのよ!」(ヴィヴィアン)。– テーブルクロス、安全ピン、カーテン。–「限られた範囲でやりくりする」精神。– ドレープの素晴らしさ。– シグネチャーコルセット。– リサイクル。

2009/10年秋冬シーズン「+5°」– インスピレーション:画家アンドレア・マンテーニャの色彩と技法。– バーントオレンジ、レッド、ブルー。– ルネサンス時代の鎧をニットウェアで表現。– パメラ・アンダーソン。– ジェームズ・ラブロックの生態学的「ガイア」仮説。– ガイア。– コレクションのタイトルは、気候変動が地球の気温を新たな均衡状態へと変化させ、壊滅的な結果をもたらすという科学的主張にちなんで名付けられています。

2010年春夏シーズン「Get a Life」– ヴィヴィアンのアクティビズムのユニフォーム。– 保護。– ブリーチしたストライプ。– ラブロックの生態学的理論第2章。– プラスチックの袖。– パウダーをのせた顔、高く盛りあげたポンパドール。– 炎のように燃え上がる髪。– 細く裂いたリボン。– フルスカート。

2010/11年秋冬シーズン「Prince Charming」– パントマイムの「Principle Boy」。– ジェンダーの曖昧化。–「グリム童話の黒い森で出会えるような人たち」(ヴィヴィアン)。– ペンシルで描いた口ひげ。– マレーネ・ディートリッヒとの連帯。

2011年春夏シーズン「Gaia The Only One」– 曲線美、官能性、そしてハイパーフェミニンに特化。– テーマはマティス、コンメディア・デッラルテ、バレエなど。– ツタンカーメン、能、ペルーの山岳地帯で「太陽との結婚を待つ」少女たち。– ハートのドレス。– チュチュとランプシェードのスカート。

2011/12年秋冬シーズン「World Wide Woman」– 女性の主体性とパワー。– 母なる大地。–「社会の絆を築くのは女性たちです」(ヴィヴィアン)。– 中世の象徴の顔を織り込んだ金のブロケード。– ビザンチン様式のジュエリー。– 鎧としてのテーラリング。–「女性たちは文化の守護者であり、とりわけ、サロンの創設において重要な役割を果たしました(ナポレオンは将軍たちを貴族に列する際、彼らの妻がサロンを開くことを条件としました)」(ヴィヴィアン)。

2012年春夏シーズン「War and Peace」– 儒教。– インスピレーション:中国とトゥアレグ族のドレス。– オーバーサイズの伝統的コルセット。 – 鎧としてのツイード。– オーディエンスは地球と科学を繋ぐ「家系図」を受け取りました。– 進歩と質。

2012/13年秋冬シーズン「London」– 17世紀。–「私は歴史的な参考資料に頼っています。また優れた頭脳を持つ方々と関わることで、過去を、自分のファッションとして捉えようとしました」(ヴィヴィアン)。– 舞台と普段着の繋がり。– アンドレアスのロンドンに対する愛。– 非処理の裾。– 子供たちの絵。

2013年春夏シーズン「Climate Revolution」– インスピレーション:甲虫の関節と色彩。– ベラスケスの絵画。– 中国の茶箱に見られる模様。– 曲線模様のプリント。–「Clomper」シューズ。– 廃棄物削減技術。–「Square」Tシャツとドレス。– ケイト・モスのキャンペーン。– 2012年ロンドンパラリンピック閉会式。

2013/14年秋冬シーズン「Save the Arctic」– 中世ヨーロッパ。–「デザイナーは常にヴァーチャルリアリティを創造すると私は信じています。彼らは存在しない場所、より良い場所のために服を創造するのです」(ヴィヴィアン)。– 14世紀の装飾写本を見て。– イラストとしてのモデル – タフタのケープ。

2014年春夏シーズン「Everything is Connected」– シェイクスピア作『尺には尺を』。– 巡礼者が履くサンダル。– 飛び散った泥。– リサイクルされたサングラスのレンズを縫い込んだ刺繍。– フリーダ・カーロの図像の参照。– チュール。

2014/15秋冬コレクション「Save the Rainforest」– オートクチュールの創始者、シャルル・フレデリック・ウォルトへのオマージュ。– フランツ・クサーヴァー・ヴィンターハルターが1865年に描いたオーストリア皇妃エリザベートの肖像画。– フリルケープ。– ミリタリー作業着。– 反フラッキングのスローガン。

2015/16年秋冬シーズン「Unisex – Time to Act」–「バイセクシャル」ルック。– 胸元を露わにした男性「ウエストウッドの花嫁」。– やわらかさ・流麗さと、重厚感・かっちりした質感の対比。– 英国のハンドテーラリング。– プロポーションによる遊び。「新しいからこそ、とてもセクシーなのです。それは、その人を外側から見させてくれます」(ヴィヴィアン)。

2016年春夏シーズン「Mirror the World」– ルネサンス期のヴェネツィア。– ベッリーニ、ジョルジョーネ、ティツィアーノ。– 15世紀のムラーノ島の鏡製造。– ヴェネツィアのカルネバーレの異教的起源。– 高床式の宮殿を表現した、モデルの頭上の構造物に吊るされたジャケット。– ベル・エポックの帽子。– Gold Labelとしての最後のショー。

「私は慈善団体やNGOと協力して環境を守るために、「Climate Revolution」を立ち上げました。私たちの目的は、声を一つにすることです。アクティビストとして私は、政治や環境の問題を訴えるためにグラフィックを数多く制作してきましたが、それらを1組のトランプにまとめるため、再デザインしました。すると、どうでしょう!トランプカードの中に、答えが隠されていたのです。それは世界を救うための完全な戦略です。買い物する量を減らし、漁業産業への補助金を止め、子供たちに教育を施す、などなど。私たちにはマニフェストもあります。そこでは、資本主義から脱却し、私が「誰のものでもない土地」と呼ぶもの、つまり誰も土地を所有すべきではないという原則に基づいた世界のビジョンへと向かう必要性について述べています。」

— Vivienne Westwood

ヴィヴィアンは歴史主義を脇に置き、より無性的なカットへと回帰し、生地をまるで生きて呼吸する塊のように扱うことで、その自然な動きを探求し始めました。彼女はジェームズ・ラブロックの「ガイア仮説」から着想を得ています。仮説は、地球上の生命は、互いに、そして周囲の環境と相互作用しながら、自己調整を行う生物の集まりであることを示唆しています。ヴィヴィアンは周囲の環境を観察し、私たちを取り巻く世界、そして以前の世界について考え始めました。アクティビズムが最優先事項となり、自らのコレクションを変化のための手段として利用し始めたのです。彼女は消費者に対し、気候危機についての理解を深め行動を起こすことを促し、自らが作る服をメガホンとして使い始めました。それは、複雑な過去と未来の不安を語る政治的警告です。

「この地図はNASAが作成したもので、そこで見られる温度に関する情報は、ニューサイエンティスト誌の地図と一致しています。私はシンプルに境界線を引いて印をつけました。線より下は居住不可能、上は残されたすべての場所です。これは公開された情報であり、私の仕事は、人々にそれを知ってもらうことです。気温は既に2度上昇しています。2度は制御不能な気候変動加速の転換点とされており、この先5度に達するまで止まることはないでしょう。地図によれば、この時点で残された人口は10億人になります。これは避けられないことであり、今世紀末までに起こる可能性があるのです。」

— Vivienne Westwood

Andreas Kronthaler for Vivienne Westwood
2016年~現在

2016年、ニューヨークとパリにVivienne Westwood旗艦店がオープン。

2017年4月、パリと同じコンセプトの旗艦店が、銀座シックスにオープン。

2018年、Vivienne WestwoodとBurberryとのコラボレーションを発表。これにより、消滅の危機に瀕する熱帯雨林の保護、地球温暖化対策、生態系の保全、地域住民の雇用創出を目的とした募金活動を行う英国拠点の非営利団体「Cool Earth」を共同支援。

2018年11月、香港のパターソンストリートに旗艦店がオープン。

2019年4月、3年間のAsics X Vivienne Westwoodコラボレーションをスタート。

2019年9月、Vivienne Westwood X Vans Anglomaniaカプセルコレクションを発表。

2019年5月、Vivienne Westwood X Buffaloコラボレーションを発表。

2020年7月、バッグとアクセサリーのVivienne Westwood X Eastpak「SAVE OUR OCEANS」コレクションを発表。

2020年アースデイを記念し、Vivienne Westwoodは環境NPO団体「Canopy」と提携。生地選びを通して森林保護を推進。

2021年12月、上海と北京にVivienne Westwood旗艦店がオープン。

Vivienne Westwoodメインラインの会場で開催されるショーは、2019年秋冬ロンドンファッションウィークが最後となりました。以降のショーは環境配慮の理由から、デジタルメディア上で発表することとなりました。


2016年秋冬のパリファッションウィークは、ブランドにとってのエキサイティングな新章の幕開けとなりました。ヴィヴィアンの長年の夫であるアンドレアス・クロンターラーが、Gold Labelに代わり「Andreas Kronthaler For Vivienne Westwood」と銘打ち、初めて自身の公式コレクションを発表しました。Vivienne Westwoodのメインラインはこれとは別に、引き続き年に2回コレクションを発表していきます。

Westwood パール

「私は25年以上にわたりヴィヴィアンと共にデザインしてきました。今回私の名を加えた理由は、他のラインとの違いを強調し、明確にすることにあります。私たちの仕事の進め方に大きな変化はありませんが、新たな方向性が生まれるでしょう。未来が楽しみで、とてもワクワクしています。」

アンドレアス・クロンターラー

「ここ何年にも渡りアンドレアスは、ブランドにおいてより重要な責任を担っており、私はその事実が広く認識されることを願っています。」

— Vivienne Westwood

「私たちはそれぞれのラインの違いを明確にし、商品量を減らすために、ラインを分けることを選びました。Gold LabelはAndreas Kronthaler for Vivienne Westwoodとなり、ヴィヴィアンはユニセックスを含むVivienne Westwoodメインラインをデザインします。」

アンドレアス・クロンターラー

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